東京地方裁判所 昭和51年(ワ)1744号 判決 1978年3月02日
原告 北原禎三
右訴訟代理人弁護士 小林茂実
被告 大橋勘治
同 大橋又治
右被告両名訴訟代理人弁護士 竹田章治
主文
原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 被告らは連帯して原告に対し、七六五万円及び内二六五万円に対しては本件訴状送達の翌日以降、内五〇〇万円に対しては昭和五一年一二月二四日以降各支払ずみに至るまで年一割五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告ら
主文同旨。
第二当事者の主張
(請求原因)
一1 原告は、昭和四五年一二月三〇日訴外日本機開運輸株式会社(以下訴外日本機開運輸という。)に対し、二六五万円を弁済期を定めず、利息を月一分三厘と定めて貸付けた。
2 被告らは、同日訴外日本機開運輸の原告に対する右借入金債務につき連帯保証した。
3 原告は被告らに対し、昭和五〇年一二月二二日付内容証明郵便をもって右貸付金の返済を求め、同郵便はその頃被告らに到達した。
二1 原告は、訴外日本機械商運株式会社(以下訴外日本機械商運という。)の代表取締役であった被告大橋又治とその弟で訴外日本機械商運の取締役であった被告大橋勘治の懇請により、昭和四九年一月から三月末頃までの間に、訴外日本機械商運に対し合計六九六万一〇〇〇円を貸付けた。
2 訴外日本機械商運は同年四月一七日手形不渡りを出して倒産してしまったため、右貸付金は回収不能となり、原告は同額の損害を被った。
3 訴外日本機械商運は、昭和四七年頃から経営が悪化して昭和四八年頃には実質約一億円の負債を有し、三~四〇〇〇万円の融通手形を発行してその場をしのぐ自転車操業の状態に追い込まれており、倒産した昭和四九年四月分だけでも四〇〇〇万円前後の手形を決済する必要に迫られていた。このことからみても、原告が貸付けた前記六九六万一〇〇〇円の金員については返済のめどが全くなかったものであるが、被告らは、必ず返済できるかの如く申し欺いて、原告をして右金員貸付に応じさせた。
そして、被告らは、その金を秘かに蓄えておき、会社を倒産させて行方をくらまし、債権者の追及のほとぼりがさめた昭和五〇年三月訴外新運保株式会社を設立し、被告又治がその代表取締役となって自動車運送業を営んでいる。このことからみて、被告らの行為は計画的なものであり、仮にそうでないとしても重大な過失があったというべきである。
なお、被告勘治は、訴外日本機械商運の実質上の経営者として、被告又治と共謀して前記行為に及んだものであり、仮にそうでないとしても、専務取締役として会社のために忠実に職務を遂行する義務に重大な過失により違反し、被告又治の前記金員借入行為を看過したものである。
4 したがって、被告らは、商法二六六条の三の規定により、連帯して原告の被った前記損害を賠償する義務がある。
三1 被告大橋又治は、訴外日本機械商運の代表取締役として、前記のような同会社の経営状態からみて決済できないことを知りながら又は重大な過失によってこれを知らずに、昭和四九年一月頃から同年三月頃までの間に、別紙目録記載の小切手八通額面金額合計七九九万一〇〇〇円を濫発して原告に交付した。
2 被告大橋勘治は、訴外日本機械商運の取締役として、被告大橋又治と共謀して右小切手を濫発したものであり、仮にそうでないとしても、取締役としての忠実義務に違反して被告大橋又治の右小切手濫発を看過し、その任務懈怠を阻止しなかった。
3 訴外日本機械商運は前記のように同年四月一七日倒産し、右小切手八通はいずれも不渡りとなったため、原告は前同額の損害を被った。
4 よって被告らは、前項の責任と択一的に、商法二六六条の三の規定により、連帯して損害賠償責任を負うべきである。
四 よって、原告は被告らに対し、第一項の二六五万円及び第二項又は第三項の内金五〇〇万円合計七六五万円と右二六五万円に対しては本件訴状送達の翌日から、右五〇〇万円に対しては昭和五一年一二月二四日から各支払ずみに至るまで年一割五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
(請求原因に対する答弁)
一 請求原因一1のうち、訴外日本機開運輸が原告から二六五万円の貸付を受けた事実は認めるが、貸付日時、金利、期限の点は不知。
同2のうち、被告大橋又治が連帯保証した事実は認めるが、被告大橋勘治が連帯保証した事実は否認する。
同3の事実は認める。
二 請求原因二1のうち、訴外日本機械商運が昭和四九年一月から三月末頃までの間に原告主張の金員を借入れた事実は否認する。
同2のうち、訴外日本機械商運が倒産した事実は認めるが、その余の事実は否認する。
同3、4は争う。
三 請求原因三1のうち、訴外日本機械商運が原告主張の小切手八通を振出した事実は認めるが、その余の事実は否認する。
同2のうち、被告大橋勘治が被告大橋又治と共謀して小切手を濫発した事実は否認し、忠実義務違反の主張は争う。
同3のうち、訴外日本機械商運が倒産し、原告主張の小切手が不渡りとなった事実は認める。
同4は争う。
四 請求原因四は争う。
(抗弁)
訴外日本機開運輸は、請求原因一の借入金の弁済のため、昭和四七年五月初め頃、額面二七〇万三三五〇円(元本二六〇万円に同年五月分から七月分までの利息計一〇万三三五〇円を加算した金額)、満期同年七月三一日の約束手形を原告宛て振出すと共に、額面五万円(残元本五万円に相当する金額)、振出日同年七月一五日の小切手を振出して原告に交付し、いずれもこれを決済した。また、同年四月分以前の約定利息も全額支払いずみである。
したがって、右借入金は元利とも全額弁済された。
(抗弁に対する答弁)
原告が被告ら主張の約束手形及び小切手の振出交付を受け、右約束手形及び小切手が決済された事実は認めるが、その余の抗弁事実は否認する。
右約束手形は、昭和四七年五月初め頃本件とは別口の二六〇万円を貸付けた際、その返済方法として振出交付を受けたものであり、また、右小切手は、昭和四五年頃原告が経営していた港商運有限会社をその全株式を譲渡する形式で被告らに譲渡した際一緒に譲渡した電話加入権の代金として振出交付を受けたものであって、いずれも本件貸金の返済のために交付されたものではない。
なお、昭和四八年に至り、本件貸金の支払方法として、約束手形六通(甲第四ないし第六号証、第八ないし第一〇号証)の交付を受けたが、全部不渡りとなった。
第三証拠《省略》
理由
一 《証拠省略》によれば、請求原因一1及び2の事実が認められる。(訴外日本機開運輸が原告から二六五万円を借受けた事実及び被告大橋又治が連帯保証した事実は、当事者間に争いがない。)
《証拠判断省略》
二 次に、《証拠省略》によれば、訴外日本機開運輸は、昭和四七年五月頃、右借入金二六五万円に対する同年五月以降七月まで三ヶ月分の月一分三厘の割合による約定利息一〇万三三五〇円と元本中二六〇万円合計二七〇万三三五〇円の支払のため、額面同金額、支払期日同年七月三一日なる約束手形一通(乙第一号証)を原告宛振出すと共に、残元本五万円の支払のため、額面同金額、振出日同年七月一五日なる小切手一通(乙第二号証)を振出して原告に交付し、いずれもその支払を了したこと、同年四月分以前の利息も約定どおり支払われてきたこと、以上の事実が認められる。(右約束手形及び小切手振出の事実ならびにこれらが決済された事実は、当事者間に争いがない。)
原告は、右約束手形及び小切手は、訴外日本機開運輸に対する別口の貸金及び電話加入権譲渡代金の支払のために振出交付を受けたものであり、本件貸付金については、昭和四八年に至り、その支払方法として、約束手形六通(甲第四ないし第六号証、第八ないし第一〇号証)の交付を受けた旨主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに副う供述があり、《証拠省略》によれば、訴外日本機械商運(訴外日本機開運輸は、昭和四七年七月五日訴外日本機械商運に吸収合併された。)は、甲第四ないし第六号証、第八ないし第一〇号証の約束手形六通(額面合計二九八万八六四九円)を原告宛振出交付し、これらはいずれも不渡りとなっている事実が認められるが、右手形六通はいずれも額面金額が一円単位までの端数のついた金額であり(合計金額も同様である。)、貸金の返済のために振出されたものとしてはいささか不自然であるばかりでなく、《証拠省略》によれば、原告は、倒産した訴外日本機械商運の債権整理を担当した原慎一弁護士宛に提出した請求書(甲第一八号証)に、右二九八万八六四九円を「支手残」すなわち「支払手形残」として請求していて、貸付金残金を示す「借入残」の項目には入れていない(後に判示する六九六万一〇〇〇円の貸付金については、その支払のため小切手が振出されているが、これは「借入残」として請求がなされている。)ことが認められるが、このことから考えても、右手形六通が前記貸付金の返済のために振出されたものであるかどうか疑念を挾む余地が十分あり、原告の前記供述も容易に措信し難いものというほかはない。
してみると、原告の訴外日本機開運輸に対する前記二六五万円の貸付金は既に元利とも完済されたものと認められ、したがって、被告らの連帯保証債務も消滅したものというべきである。
三 次に、《証拠省略》によれば、訴外日本機械商運は、後に認定するような事情により昭和四八年頃から資金難に陥り、原告に経営資金の融資を仰ぐようになったこと、融資の方法は、返済期限を一か月、利息を月二分とし、訴外日本機械商運から返済期日を振出日、額面金額を貸付金額とする先日付小切手の振出交付を受け、これを見返りとして金員を貸付けるが、約定利息の支払を条件に一か月ないし二か月ごとの小切手書替えすなわち返済期限の延期に応じるというものであったこと、かくして、昭和四八年七、八月頃から昭和四九年一、二月頃にわたって右方法による融資が行なわれ、昭和四九年四月一七日の訴外日本機械商運の倒産の時点では、別紙目録記載の小切手八通(甲第七号証の一、二、第一一ないし第一七号証の各一、二)分の貸付金八口(ただし、このうち同目録(3)の一口一〇三万円は、訴外片岡一衛を貸主名義とするもの)が未決済のまま残されたこと(訴外日本機械商運が倒産した事実、同会社が右小切手八通を振出した事実及びこれらがいずれも不渡りとなった事実は、当事者間に争いがない。)、これらはいずれも数次の小切手書替えを経てきたものであり、昭和四九年に入ってから新規貸付のなされたものであることが確認できるのは、同目録(1)及び(7)の二口であること(もっとも、右二口合計一四三万円についても貸付後小切手の書替えがなされた形跡があり、その際未払利息の元本組入れが行なわれたことも考えられるので、当初の貸付金合計額は一四三万円よりも少なかった可能性がある。)、以上の事実が認められる。
四 原告は、右金員借入れ及び小切手発行について、被告らに商法二六六条の三の規定による取締役としての損害賠償責任がある旨主張するので検討する。
1 被告大橋又治が訴外日本機械商運の代表取締役、被告大橋勘治が同会社の取締役であったことは、被告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなされ、《証拠省略》によれば、訴外日本機械商運は、自動車運送業等を営む会社であり、約六〇人の従業員と二十数台の車両を保有して、月商約一八〇〇万円をあげていたが、昭和四七年末頃から昭和四八年前半にかけて、ブルトーザーをモノレールの橋桁にぶつけた事故のほか数件の自動車事故が続発し、これがために多額の損害賠償を余儀なくされたり大口の取引先から取引停止処分を受けたりしたところから経営が悪化し、これに運送費の値上げが思うように行かなかったことや人件費の負担の増大、さらには昭和四八年一〇月頃のいわゆる石油ショックに起因する需要の減少が重なり、その上昭和四七年頃から融通手形の交換を行なってきた株式会社サンポールが倒産したため、自己振出の融通手形の決済ができなくなり、これが直接の原因となって結局昭和四九年四月一七日倒産するに至ったこと、倒産後、前記原弁護士及び会社債権者の代表者をもって構成された委員会による会社経理及び債権の調査とこれに基づく整理が行なわれたが、右調査の結果によれば、昭和四八年末の貸借対照表では営業上の損失はなかったものの、営業外損失と前期からの繰越損失があったため、資本金の額(一二九〇万円)の二倍以上の欠損を生じていたこと、そして、倒産時における総債務額は約二億円で、右委員会では、まずこのうち優先弁済権のある債権者らに対する弁済を了えるとともに、約三~四〇〇〇万円あった未決済の融通手形を相殺等の方法で処理し、残りの原告を含む一般債権者に対する合計約七六〇〇万円の債務については、会社の残存資産の処分等により各債権者に対し一律約一二・五パーセントの弁済をして、円滑に整理が完了したこと、その間、被告ら会社役員に対し計画倒産あるいは会社資産の隠匿、横領もしくは放漫経営等を理由とする特段の責任追及がなされた形跡はなく、前記委員会の調査によっても経理上の不正は認められなかったこと、なお、原告と被告らとの関係は、被告大橋又治が経営していた訴外日本機開運輸が自動車運送事業の免許を有しなかったところから、免許を有していたものの事業不振に陥っていた原告経営の港商運有限会社を同被告が原告から買取り、その後昭和四七年三月二五日株式会社に組織変更して訴外日本機械商運とし、さらに同年七月訴外日本機開運輸を吸収合併して自動車運送事業を営んできたが、原告は、港商運有限会社売却後は同会社の従業員となるとともに、自宅の一部を同会社の事務所兼倉庫として賃貸してきたこと、以上の事実が認められる。
2 ところで、商法二六六条の三第一項前段の規定は、株式会社の取締役が悪意又は重大な過失により会社に対する義務に違反し、よって第三者に損害を被らせたときは、取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当因果関係があると認められる限り、いわゆる直接損害であると間接損害であるとを問うことなく、当該取締役が直接第三者に対し損害賠償の責に任ずべきことを定めたものと解するのが相当である(最大判昭和四四・一一・二六民集二三・一一・二一五〇)。
そこで、本件において被告らに会社に対する悪意又は重大な過失による任務懈怠があったかどうかを検討する。
原告は、被告らが原告から貸付を受けた金員を秘かに蓄えておき、会社を倒産させて行方をくらまし、債権者の追及のほとぼりのさめた昭和五〇年三月新運保株式会社を設立し、自動車運送業を営んでいるとし、被告らの行為は計画的なものである旨主張する。しかし、《証拠省略》によれば、新運保株式会社が昭和五〇年三月一四日設立され、被告大橋勘治が昭和五一年五月二二日その代表取締役に就任して、自動車運送事業を営んでいることは認められるものの、本件全証拠を検討してみてもその余の原告主張事実を認めることはできない。
次に原告は、被告らが、訴外日本機械商運の経営状況からみて返済のめどが全くないのに、必ず返済できるかの如く原告を申し欺いて、あえて本件金員借入行為に及んだ旨主張する。
しかしながら、そもそも借入金の返済のめどの有無は、借入金額、借入方法、利息、返済期限、返済方法などの借入条件、貸借当事者の関係、借入時における会社の経営、資産及び負債の状態ならびに一般的な経済情勢等によって左右されるものであって、借入金の返済ができなかったという結果から直ちに借入時に返済のめどがなかったと推定できないことはもとよりのこと、借入時における会社の経営状態が逼迫し、その時点だけをとってみれば仮に債務超過の状態に陥っていたとしても、それだけで返済の見込みが全くないとも断定できるものではない。このことは、会社が危殆状態に陥った時に、業務執行にあたる取締役が乾坤一擲行なった経営資金の借入れによって会社が蘇生し、倒産の渕から脱する場合があり得ることからみても明らかである。企業の経営には常に多少の冒険とそれに伴う一定の危険はつきものであり、取締役が、その企業人としての経験・識見とこれに基づく合理的計算とにより、会社のためにその経営上当然予想される程度の冒険的取引を行なったが、不幸にして結果が不首尾に終った場合に、そのことだけから直ちに会社に対する任務懈怠であるとしてその法的責任を追及するが如きは、必ずしも企業経営の実態にそぐわないとの非難を免れ難いと考えられる。これらのことを彼此考え合わせると、会社の経営状態が逼迫した時点における取締役の会社のためにする金員借入行為であってもそれが専ら会社の利益を図る目的でなされたものであって取締役個人や一部の会社関係者の利益のためになされたものでなく、企業経営に関して普通の能力、経験、識見を有する経済人の立場からみて、借入金額、借入方法、借入条件、貸借当事者の関係、借入時における会社の経営、資産及び負債の状態ならびに一般的経済情勢等の借入時における諸条件に照らして明らかに不合理と認められず、かつ、欺罔行為等違法な手段を用いたものでない限り、会社に対する任務懈怠にはあたらないと認めるのが相当である。
そこでこれを本件についてみるに、被告らが原告から金員を借入れるにあたり原告主張のような詐欺的言辞を用いて原告を欺罔した旨の原告本人の供述は必ずしも措信し難く、他に被告らが欺罔行為等の違法な手段を用いた事実を認めるに足りる証拠はないし、前記認定事実によれば、本件金員借入れは専ら会社の利益を図る目的でなされたものであることが明らかであり、本件金員借入れの行なわれた昭和四八年七、八月頃から昭和四九年一、二月頃には訴外日本機械商運は既に債務超過の状態に陥っていたものと認められるけれども、営業の規模をさほど縮小することなしに営業上の損失を生じない程度の営業活動を継続していたものであり、前認定のような借入金額、借入方法、借入条件、会社資産及び負債の状況、債務超過の程度等をも考え合わせると、右のような状況のもとにおける金員借入行為としては、通常の企業経営者の立場からみて、明らかに不合理であるとはにわかに断定できないというべきである。(なお、訴外株式会社サンポールとの融通手形の交換及び同会社の倒産による融通手形不渡りの発生に関し、前記のような経営状態のもとにおいて経営資金の調達方法として融通手形交換の方法を選択したこと、融通手形交換の相手方として右会社を選定したこと及び同会社の信用状態の調査等について被告らに取締役としての任務懈怠がなかったかが問題となりうるが、本件全証拠によるも右の各点について被告らに悪意又は重大な過失による任務懈怠があったことを認めることはできない。)
また、原告の主張中には、被告大橋勘治の代表取締役たる被告大橋又治の職務行為に対する監視義務違背をいう点があるが、被告大橋又治に代表取締役としての任務懈怠が認められない以上、監視義務違背の主張も理由がない。
そうとすれば、原告からの本件金員借入れについて、被告らに訴外日本機械商運の代表取締役及び取締役として悪意又は重大な過失による任務懈怠があったとは認められないから、被告らについて商法二六六条の三第一項前段による損害賠償責任は発生する由がないというべきである。
3 次に原告は、択一的請求原因として、別紙目録記載の小切手八通の発行について、被告らに訴外日本機械商運の代表取締役及び取締役としての職務を行なうにつき悪意又は重大な過失があった旨主張する。
しかしながら、前にみたとおり、右小切手八通は、訴外日本機械商運が原告から金員を借入れるにあたりその返済のために振出されていた小切手が、実質上返済期限の延期の意味で書替えられてきたものであり、右金員借入行為について被告らに同会社の代表取締役及び取締役として悪意又は重大な過失による任務懈怠が認められない以上、小切手の書替えに際して新たに欺罔行為その他の違法手段が用いられた等特段の事情がない限り、実質上借入金の返済期限の延期の意味でなされた小切手の書替えについても任務懈怠があるとはいえないというべきであり、本件においては、右小切手の書替えにあたり欺罔行為その他の違法手段が用いられたことを認めるに足りる証拠はないから、被告らに悪意又は重大な過失による任務懈怠があったと認めることはできない。
そうとすれば、右小切手八通の発行についても、被告らに商法二六六条の三第一項前段による損害賠償責任は生じる余地がないというべきである。
五 以上の次第で、原告の被告らに対する各請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 魚住庸夫)
<以下省略>